インド・デリーの水不足危機:猛暑で深刻化する断水とその影響【Delhi Water Crisis】
デリーの水不足危機:背景と最新概況
2025年5月末、インドの首都デリーは記録的な猛暑に見舞われ、水需要が急増しました。その一方で、主要な水源からの取水量が減少し、深刻な水不足に陥っています。 1 水供給の重要な拠点である北デリーのワジラバード貯水池では水位が低下し、浄水場の処理能力が通常の1日あたり131MGD(ミリオンガロン/日 ※約4億9600万リットル)から約103MGD(約3億8900万リットル)にまで低下しました。この影響で、市内の給水量は一時的に1日あたり966MGD(約36億5600万リットル)まで落ち込み、推計される需要量1290MGD(約48億8200万リットル)には遠く及ばない状況となりました。 2 3
デリー当局は緊急対策として、4月にGPS(全地球測位システム)で管理される給水車1000台を新たに投入し、給水ネットワークの強化を図りました。 4 しかし、5月22日には配水管の工事のため、ラージガートやワジラバードなど一部地域で24時間にわたる計画断水が実施され、市民生活に大きな影響が広がりました。 5
現地からの声
デリー市内では、給水車に人々が長蛇の列を作り、バケツやポリタンクを手に必死に水を確保する光景が日常茶飯事となっています。 6 ある貧困地区では、「女性たちが炎天下で何時間も列に並び、子供たちはバケツを持って走り回り、水を購入できない家族は空の容器を抱えて給水車を追いかける」という厳しい状況が報道されています。 7 給水車が到着すると人々が殺到し、ホースから一滴でも多くの水を得ようとタンクローリーによじ登る子供たちの姿も見られました。5月下旬には、商業地カールールバーグで住民が水不足に抗議して土器を割り、道路を封鎖する事態も発生しました。
政治・司法・行政の動向
この深刻な水不足を巡っては、行政機関間の対立も激化しています。5月初旬、デリーのインド人民党(BJP)政権は、「隣接するパンジャーブ州(アーム・アードミ党(AAP)政権)が選挙での敗北の報復としてデリーへの送水量を意図的に絞った」と非難しました。また、ハリヤナ州からの供給減少についても、AAPとパンジャーブ州による陰謀だと指摘しています。 8
一方、主要な水源であるヤムナー川上流の水利権を巡っては、AAP政権下のパンジャーブ州とBJP政権下のハリヤナ州も対立しています。5月にはハリヤナ州が「パンジャーブ州が余剰な水を流していない」として最高裁判所への提訴を示唆し、対するパンジャーブ州議会は「水は一滴も譲らない」との決議を採択しました。長年にわたり未解決となっているラヴィ川とビアス川の水分配問題(サトレジ・ヤムナー連絡運河(SYL運河)建設問題)もこの対立に絡んでおり、最高裁判所は関係各州に対し協議による解決を促しています。デリー高等裁判所も4月、「違法な地下水の汲み上げは罪である」との判断を示し、当局に取り締まり強化を命じるなど、司法当局も水質・水量の両面で行政に改善を求める姿勢を見せています。 9
社会・経済インパクト
水不足は、デリー市民の生活と健康、そして地域経済にも深刻な影響を及ぼしています。十分な水が得られない地域では、衛生環境の悪化や熱中症・脱水症のリスクが高まっています。実際に2024年5月には、気温50度を超える猛烈な熱波により、熱中症などが原因で30人以上が死亡したと報じられました。経済面では、民間業者から水を購入する費用が家計を圧迫し、特に貧困層への打撃が大きくなっています。商業施設や学校では、断水による休業や営業時間の短縮が相次いでいます。さらに、「ウォーター・マフィア」と呼ばれる闇業者が高額で水を販売する事例も報告されており、政府は給水車へのGPS搭載による監視強化などの対策に乗り出しています。
専門家コメントと長期展望
専門家は、今回のデリーの水不足危機を「気候変動の影響と都市インフラの脆弱性が露呈したもの」と分析しています。デリーの現在の水供給能力は約1000MGDであるのに対し、需要量は1290MGDと、常時300MGDの水が不足している状態です。 10 水源であるヤムナー川の汚染も深刻で、高濃度のアンモニアが検出されることにより、浄水場が度々稼働を停止する事態も起きています。また、長年にわたり未完成となっているルヌクダムの建設や、老朽化した浄水場の更新など、水源の確保とインフラへの投資も急務であると指摘されています。
こうした構造的な問題への対策として、以下の点が挙げられています。
- 地下水の涵養(かんよう:水が自然に地中に浸透し蓄えられること)と雨水利用:雨水を貯留したり、再生水を地下に浸透させたりすることによる地下水位の回復策が一部で成果を上げ始めており、さらなる拡充が望まれます。
- 違法な井戸掘削と漏水の抑制:違法な井戸や老朽化した水道管の放置は、「いずれ“デイ・ゼロ”(水供給が完全に停止する日)の危機に陥る可能性がある」との指摘があり、監視体制の強化と罰則の厳格化が必要です。
- 公平で持続可能な水分配:1994年に締結された協定で固定されたデリーへの水割当量は1日あたり1005MGD(約38億400万リットル)ですが、その後の人口急増に見合っておらず、水分配の見直しや水道料金による需要抑制策などを組み合わせた抜本的な対策が急務とされています。
まとめ(今後の注目点)
デリーの水不足危機は、毎年のように繰り返されてきた問題ですが、2025年の記録的な猛暑下でそのリスクは頂点に達したと言えます。今後、インド政府と関係各州が包括的な協議を行い、水分配の見直しやインフラ投資などが重要な議題となる見通しです。特に2025年は、1994年に締結された水分配協定の期限を迎える年にあたり、この機会にデリーの水割当量の拡大や水管理権限の強化が認められるかどうかが注目されます。専門家は、この危機を克服するためには、地下水の涵養やヤムナー川の浄化など、平時からの継続的な取り組みが不可欠であると強調しています。
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