2025年5月のインド主要ニュース
インド・パキスタン間の軍事衝突と急転直下の停戦
2025年5月初旬、インドとパキスタンは一触即発の軍事危機に陥りました。発端は4月22日、ジャンムー・カシミール連邦直轄地パハルガーム近郊でヒンドゥー教徒の観光客ら26人が武装集団に襲撃され死亡した事件です。インド政府は「パキスタン拠点のテロ組織が関与した」とし、5月上旬にパキスタン領内のテロキャンプ9か所への空爆を敢行しました。 2 パキスタン側は自国の関与を否定し、報復を宣言します。
インドはただちにパキスタン外交官の追放やビザ発給停止、水資源に関するインダス川条約の停止など圧力措置を発表しました。 3 パキスタンも空域閉鎖や国境封鎖、さらには過去の和平合意(シムラ協定)の停止で応酬しました。 4
5月7日未明、インド軍は「オペレーション・シンドゥール」と称するミサイル攻撃を発動しました。パキスタン領内の武装勢力拠点に対する外科手術的攻撃を実施しました。 5 パキスタン軍も直ちに反撃し、ジャンムー・カシミール州プーンチ地区への激しい砲撃でインド市民16人が死亡、住宅数百棟が破壊されました。 6 7日から始まった双方の報復攻撃は、核保有国同士の全面衝突に発展しかねない様相を呈しました。インド国内でも厳戒態勢が敷かれました。
わずか4日間で戦闘は激化し、両軍は戦闘機やミサイル、無人機、重砲を駆使して応酬する事態となりました。 7, 8 国際社会も緊張緩和に動き、アメリカ合衆国の仲介による外交交渉が奏功しました。5月10日に双方は即時停戦で合意しました。 9 しかし停戦成立から数時間後にはカシミール地方の都市部で散発的な砲火違反が報告されました。インド軍報道官は「パキスタン側が停戦に違反し、インド軍が応戦している」と発表しています。 10, 11
停戦合意後、インドのモディ首相は「テロには断固たる措置を取った」と強調しました。与野党は主権防衛の姿勢をおおむね支持しました。一方、パキスタン側も「インドの侵略に断固対処した」と国内向けに発表し、国民の支持を取り付けています。国際的には核保有国同士の紛争激化に強い懸念が表明され、国連や周辺各国は自制を促しました。アメリカのドナルド・トランプ大統領(当時)は「米国の粘り強い外交が実を結んだ」と述べ、自身の仲介役を誇示しています。 12
今回の停戦成立により全面戦争は回避されたものの、両国間の緊張は依然高いままです。インド政府は5月末、「パキスタンがテロ支援によりインダス川水利条約を事実上侵害している」と非難しました。水資源カードを引き続き外交圧力として検討する姿勢を示しました。またビザ停止や通商制限など相互に課した措置は当面維持される見通しです。 13 今回の危機は2008年以来最悪と評されました。今後もテロ事件を契機にしたインド・パキスタン間の緊張再燃が懸念されています。専門家は「対話のパイプを維持しつつ、偶発的な軍事衝突を避ける仕組み作りが不可欠」と指摘しています。
マニプル州政変: 混迷する民族紛争の行方
北東インド・マニプル州では、約1年前から続く深刻な民族対立の影響で政治空白が生じていました。2023年5月に先住民メイテイ族と少数派クキ族との間で暴動が発生。住宅の焼き討ちや虐殺事件が相次いだ結果、数百人規模の死者・負傷者を出す事態に発展しました。その混乱の中で州政府の統治能力は低下しました。2023年後半には治安回復を名目に中央政府が介入しました。与党BJP(インド人民党)所属のN・ビレン・シン州首相は事実上権力を失いました。2025年2月以降マニプル州は大統領統治下(President’s Rule)に置かれていました。 14 ビレン・シン氏の与党内での求心力低下や後継をめぐる派閥抗争も影響し、混迷する政情が続いていたのです。
そうした中、5月28日、州都インパールでマニプル州議会の与党系議員団が州知事に対し新政権樹立の用意があることを正式に伝えました。 15 同日、BJPのトクチョム・ラジェシャム議員を含む10人のMLA(州議会議員)が知事公邸を訪問。「人民による安定した政府」(popular government)の樹立を求める要望書を提出しました。代表団の説明によると、全60議席中欠員1を除く59議席のうち実に44人もの議員が新政権樹立に賛同しているといいます。 16 これは野党会派や今回の紛争で被害を受けたクキーゾミ系住民出身の議員10人、および野党国民会議派所属の5人以外、ほぼ全ての議員の支持を取り付けた計算です。 17 BJPの州議員のみならず地域政党NPP(国民人民党)や無所属議員も含む超党派の支持とされ、新政権が成立すれば議会の4分の3を占める安定多数となります。
議員団は「治安回復と人心の安定のため、一日も早い民選政府の復活が必要だ」と訴え、中央政府にも協力を要請しました。 18 しかし最大の焦点は新政権のリーダー人事です。ビレン・シン前首相が復職する案と、新たな顔を据える案でBJP州議員団は割れています。党本部による調整が続いています。一方、クキ=ゾミ系少数派住民の間ではメイテイ主導政権復活への警戒感が強まっています。彼ら10人のクキ系MLAは依然として州都インパールに戻れず、他州に避難したままです。クキ側武装勢力や市民団体は「メイテイ偏重の州政権が復活すれば、少数派の安全は保障されない」と主張しています。自治権拡大や連邦直轄統治の継続を求めています。5月下旬にはメイテイ系市民団体COCOMIが「州名を覆い隠したバスが運行された」とする疑惑に抗議するデモや夜間行進を行いました。治安部隊と緊張が走る場面もありました。 19, 20
知事に提出された新政権樹立要請を受け、中央政府はマニプル州の統治権限を段階的に州側へ戻す準備を進めています。ただし治安が悪化した場合には大統領統治を再発動する可能性も示唆されており、政治プロセス再開には慎重な姿勢です。専門家は「新政権ができても根深い民族間の不信は残り、和平と復興への道のりは険しい」と指摘します。一連の騒乱で家や生計を失った避難民は依然数万人規模に上ります。避難先キャンプでの生活が続いています。復興と和解のためには、インフラ再建や被災者支援はもちろん、メイテイ・クキ双方の融和に向けた対話と信頼醸成策が不可欠です。5月末の政治プロセス再開の動きは、停滞していたマニプル問題の打開に向けた一歩と評価されます。しかし、その行方は依然不透明な状況です。
史上最大規模の反ナクサル作戦成功
インド国内の長年の課題である毛沢東主義武装勢力(ナクサライト)との内戦において、政府側が大きな戦果を挙げました。4月下旬から5月にかけて、インド中部チャッティースガル州の密林地帯で治安部隊が「オペレーション・ブラックフォレスト」と名付けられた大規模掃討作戦を実施しました。4月21日に一斉展開したこの作戦には、中央武装警察部隊(CAPF)や州警察など約1万人の兵力が投入されました。 21 5月11日までのわずか3週間で21回にも及ぶ武力衝突が発生しました。その結果、指名手配中のナクサル活動家を含む推定50人前後の過激派が死亡または重傷を負いました。多数の拠点や地下壕が破壊される戦果を上げたとされています。 22 治安当局者は「ナクサル上層部の脊髄を断つことに成功した」と表現しました。この作戦が左翼武装勢力の壊滅に向けた決定打になったとの見解を示しました。
中でも5月21日にチャッティースガル州南部アブジャマドの密林で発生した大規模な銃撃戦は、国内治安史に残る大戦果となりました。 23 ナラヤンプル地区とビジャプール地区の境界付近で治安部隊が実施した共同掃討作戦において、少なくとも27人のナクサライト戦闘員が射殺されたのです。さらにその中には、インド共産党毛沢東主義派(CPI-Maoist)の最高指導者ナンバーラ・ケーシャヴ・ラーオ(通称バサヴァラージュ)が含まれていました。 24 バサヴァラージュは30年以上にわたり地下に潜伏し武装闘争を指揮してきたとされる人物です。その死亡が公式に確認されたのは今回が初めてです。アミット・シャー連邦内相は直ちに「インドの長年の脅威である赤いテロに終止符を打つ歴史的偉業だ」と治安部隊を讃えました。この一連の戦闘では治安部隊側も犠牲者を出し、地方警察の特別部隊員1名が戦死、複数が負傷しています。 25 しかし政府高官は「30年以上ぶりに毛派の頂点にいる指導者を無力化した。ナクサル問題の解決に向け、大きな転換点となる」として作戦の成功を強調しました。
チャッティースガル州から始まった極左武装闘争(ナクサライト運動)は、貧困や土地問題を背景に1960年代後半から各地に波及しました。ピーク時には20以上の州で活動が確認されました。しかし近年は政府の開発政策や治安作戦の効果もあり勢力は縮小傾向にあります。今回の最高幹部の死により組織統制が大きく揺らぎ、「ナクサル主義の終焉が現実味を帯びてきた」との見方も出ています。GP・シン中央予備警察隊長官は「今回の作戦がナクサル上層部を分断し弱体化させた。政府が目標とする2026年3月までの左翼過激派根絶に大きく前進した」 26 と述べ、事実上の「内戦終結」を視野に入れた発言を行いました。専門家も「過去最大規模の掃討作戦と最高指導者の殺害で、ナクサル運動は組織崩壊の危機に瀕している」と指摘しています。ただし一部地域では未だ遊撃隊が活動しており、無人地帯化した密林に潜伏する残党も存在します。インド政府は引き続き貧困対策や農村開発を推進し、元戦闘員の社会復帰を支援することで、暴力の連鎖を断ち切る方針です。長年インドを悩ませてきた国内紛争が終息へ向かうのか、2025年5月の戦果は大きな転機となりました。
加速する経済成長と強靭な内需
2025年5月末に発表された経済指標によれば、インド経済は依然として力強い成長を続け、主要国の中で突出したパフォーマンスを示しました。インド政府統計局は5月30日、2025年1~3月期(2024-25会計年度第4四半期)の実質GDP成長率が前年同期比7.4%増となり、事前予測(約6.7%)を大きく上回ったと発表しました。 27 前四半期(2024年10~12月期)の成長率6.4%から加速し、四半期ベースでは1年ぶりの高成長となりました。 28 この成長は国内の旺盛な建設需要と製造業の生産拡大が牽引しています。インド固有の巨大な内需市場が引き続き経済の牽引役となっています。2024-25会計年度通年のGDP成長率は政府目標どおり6.5%増となりました。 29 前年(9.2%増:コロナ禍からの急回復)の反動減はあるものの依然として高い成長軌道を維持しました。実質経済活動を示すGVA(粗付加価値)成長率も1~3月期に6.8%増と堅調で、物価補助金や間接税の影響を除いた基調としても高い成長が確認されています。 30
インドの経済成長は国際比較でも際立っています。同期の中国の成長率が5.4%、米国や欧州は2%前後と低成長にとどまる中で、7%台の成長を維持するインドは「世界経済が成長を渇望する環境下でひときわ健闘している」(Nageswaran主任経済顧問)と評価されました。 31 実際、インドは主要経済大国の中で最速の成長国となっています。このペースが続けば年内にも名目GDP規模で日本に肩を並べるとの見通しも出ています。 32 国際通貨基金(IMF)は、2025年のインドGDPを約4.18兆ドルと予測しました。日本に迫る世界第4位の経済大国に浮上するとしています。政府内からは「モディ政権の改革とインフラ投資が功を奏し、中期的にも年6%以上の成長が可能だ」との自信が示されました。インド準備銀行(中央銀行)の予測も2025-26年度の成長率を6.5%程度とし、堅調な内需と投資による安定成長が見込まれています。
もっとも、明るい材料ばかりではありません。5月には米国がインドに対して特定製品への関税引き上げを示唆する動きがありました。 33 対米輸出を中心に不確実性が増しました。また前年からのインフレ率低下を受けて中銀は利下げ局面に入っています。しかし、原油価格やエルニーニョ現象の影響で物価が再び上昇するリスクもあります。インド経済の構造的課題である高い失業率や所得格差について、野党は「成長の恩恵が一部富裕層に集中している」と批判を展開しました。これに対し政府は、5月下旬に発表した失業調査で失業率が2018年の8.9%から2025年には4.9%に低下したと強調しました。 34 成長が雇用につながっていると反論しています。来年に総選挙を控える中、経済好調を追い風に改革を加速させたい与党に対し、野党は農村や中小企業へのさらなる恩恵拡大を求めています。経済政策を巡る論戦が続いています。総じて、2025年5月時点でインド経済は力強い拡大を続けており、その持続可能性と包摂性が今後の焦点となっています。
記録的猛暑と気候変動への警鐘
2025年5月、インド亜大陸は例年にない猛烈な熱波(ヒートウェーブ)に見舞われました。各地で気温の記録更新や健康被害が相次ぎました。インド気象局(IMD)は4月時点で「2025年の夏季(4~6月)は平年を上回る高温になる」との予報を出しており、 35 特に北西部から中部にかけて例年を大幅に超える頻度で極端な高温日が観測されると警告していました。 36
予報どおり5月には早くも各地で日中最高気温45℃以上の猛暑日が続出しました。夜間も気温が下がらない「熱帯夜」が頻発しました。 37 気温上昇とともに熱中症による救急搬送や入院者が増加しました。特に高齢者や屋外労働者に健康被害が集中しました。政府は熱波警報を発令して屋外活動の制限や学校の時間短縮を呼びかけました。各地で無料の給水所(「熱波救済キャンプ」)が設置されました。にもかかわらず、一部の州では停電や断水が発生し、市民生活に支障が出ています。
昨年2024年もインドは観測史上稀に見る酷暑となりました。4~6月期の熱波日数は全土合計で536日分に達し過去14年で最多を記録しました。 38 政府集計によると、2024年には推定41,789人が熱中症の疑いで治療を受け、143人が熱死したと報告されています。ただ専門家は「公式統計は氷山の一角に過ぎない」と指摘します。 39 熱波による死者は直接の熱射病だけでなく、心疾患や脱水症状悪化など間接要因を含めると公式発表を大きく上回る可能性が高いのです。 40 インドでは熱波による死者数の算定方法が州によってばらつきがあります。被害の全体像が過小評価されているとの批判も出ています。 41
2025年5月時点でも全国で少なくとも数十人規模の熱中症死者が報じられています。各州政府は屋外作業禁止命令や学校休校措置など緊急対策を打ち出しました。医療関係者は「夜間も気温が下がらない状況では身体が回復できず、累積する熱ストレスが死亡リスクを高める」と警告しています。 42 都市部ではクーラー需要が急増し電力ピークが記録更新しました。地方では水不足で農作物が被害を受けるなど、熱波は社会・経済にも深刻な影響を及ぼしました。
さらに5月末になると、今度は季節外れの豪雨と洪水が東北部を襲いました。モンスーン(雨季)は例年6月からですが、今年は前線の到来が早まりました。5月下旬にかけてアッサム州やメーガーラヤ州で局地的な大雨となりました。その結果、アッサム州各地で川の氾濫や地滑りが発生しました。5月31日までに少なくとも5人が死亡したと報告されています。 43 被災地では村落の道路や橋が流出し、数万人が避難を余儀なくされました。熱波から一転しての豪雨災害に対し、専門家は「気候変動により極端現象が頻発している」と指摘します。インド政府もこうした気候リスクに対応すべく「国家行動計画」の下、各州でヒートアクションプラン策定や洪水早期警戒システムの強化を進めています。しかし地方自治体の備えは不十分な所も多く、今年5月の災害では脆弱なインフラや貧困層が大きな被害を受けました。環境団体は「このままでは将来、致命的熱波や大規模洪水が新常態化する」として、国内外での温暖化対策強化と被災弱者支援を訴えています。猛暑と豪雨という両極端の気象に見舞われた2025年5月は、インド社会に気候変動の現実を改めて突きつける形となりました。
ハイデラバード住宅ビル火災の惨事
5月18日、南部テランガナ州ハイデラバード旧市街で大規模火災が発生し、17名が死亡する惨事となりました。 51 火災が起きたのは市中心部の歴史的建造物「チャールミナール」近くのグルザル・ハウズ地区にある地上3階建ての集合住宅ビルです。日曜日の早朝、この建物の1階部分から出火し、一気に上階へ燃え広がりました。 52 当局によると、出火原因は電気系統のショート(漏電)とみられています。現場には約12台の消防車が出動し懸命な消火活動を展開しました。しかし、路地が狭く消火・救助に難航しました。ビル内部には一家族が経営する小規模作業場や住居区画が混在していました。多数の住民が就寝中に煙と炎に巻かれたとみられます。火災は数時間後に鎮火しましたが、焼け跡から17人の遺体が発見され、6人は5歳未満の幼児でした。 53
犠牲者の大半は同じ建物内に住んでいた親族とその従業員家族でした。一夜にして一家が丸ごと失われる悲劇となりました。現場は築50年以上の老朽建築で耐火設備はありませんでした。1階の工房に可燃物が大量に置かれていたことが被害を拡大させた可能性があります。生存者の証言では、非常口が狭く逃げ遅れた人が多かったほか、近隣住民が人力で鉄格子を壊そうと試みましたが間に合わなかったといいます。 54 犠牲者には幼い子どもや女性も含まれており、その無残な最期に地域社会は深い悲しみに包まれました。現場を視察した連邦鉱山相のG・キシャン・レッディー氏は「初期調査ではショートが原因とみられる」と述べ、当局に徹底解明を指示しました。 55 州政府は犠牲者遺族に対しそれぞれ5万ルピーの見舞金支給を発表し、医療費・葬儀費用の補助も約束しました。
今回の火災を受け、市民団体はハイデラバード旧市街に林立する古い建物の安全性に懸念を表明しました。古い商業ビルや集合住宅では違法な増築や配線の過負荷が散見されます。以前から「いつ大惨事が起きてもおかしくない」と指摘されていた地域でした。消防当局も「過去の指導を無視しスプリンクラーや非常階段の設置が進んでいない建物が多い」と警鐘を鳴らしています。テランガナ州政府は5月末、旧市街の全建物を対象に緊急の防火安全検査を実施すると発表しました。また再発防止策として老朽建築の電気配線更新やガスポンベ管理の徹底、不適切な貯蔵物撤去などを指示しました。インドでは経済成長や都市化の陰で建物火災による惨事が跡を絶ちません。今年だけでも1月にムンバイ高層ビル火災(死亡7人)、2月にコルカタホテル火災(死亡3人)などが発生しており、安全対策の強化が喫緊の課題となっています。ハイデラバードの痛ましい事故は、都市の急拡大に追いついていない安全規制と意識の問題を浮き彫りにしました。
レスリング連盟前会長の性的暴行疑惑と司法判断
昨年来インド社会を揺るがせていた女子レスリング選手によるセクシャルハラスメント告発問題が、5月に大きな節目を迎えました。オリンピックメダリストを含む複数のトップ女子選手たちは2023年初頭、インドレスリング連盟(WFI)のブリジ・ブーシャン・シャラン・シン会長(当時)から長年にわたり性的嫌がらせを受けていたと公表しました。連日デモを行って連盟改革とシン氏の処罰を求めてきました。この問題は国会でも取り上げられ、シン氏は2023年夏にWFI会長職を停止されました。デリー警察が捜査を開始しました。告発の中には未成年選手に対する性的暴行疑惑も含まれており、インドの児童保護法(POCSO法)違反として厳しく問われる可能性がありました。シン氏は与党BJP所属の下院議員で、有力政治家でもあります。そのため、その影響力を背景に捜査妨害の懸念も指摘されていました。しかし、選手らの粘り強い活動により事件は司法の場に持ち込まれていました。
そして5月26日、デリーのパティアーラー・ハウス裁判所は、シン被告に対するPOCSO法違反容疑(未成年選手への性的嫌がらせ)を正式に棄却すると決定しました。 56 デリー警察が提出した最終報告書(クロージャーレポート)を裁判所が受理しました。「立件に足る十分な証拠が得られなかった」ことを理由に公訴を取り下げたのです。 57 実はこの未成年被害を訴えた女子選手は2023年8月の非公開審問で「警察の捜査に満足しており、これ以上追及を望まない」と証言していました。 58 その父親も「感情的になって虚偽の訴えをしてしまった」と捜査中に供述していたことが明らかになっていました。警察当局はこうした事情から昨年6月に不起訴方針を固め、証拠不十分としてPOCSOケースの取り下げを求めていた経緯があります。裁判所の今回の判断により、ブリジ・ブーシャン・シン氏に科せられていた児童への性的暴行容疑は正式に解除されることになりました。
シン氏は判決後、「真実が明らかになった。私は無実だ」と述べました。逆に「虚偽告発が横行しないよう性的虐待関連法の見直しが必要だ」と主張しました。 59 実際、彼は2023年の時点から一貫して容疑を否認していました。今回の未成年選手の訴えは自身と確執のあったコーチ陣による陰謀だと訴えていました。 60 一方、他の女性選手6名が訴えたシン氏による一連のセクハラ事件(成人被害者分)については、依然としてデリー地裁で刑事訴訟が継続中です。 61 警察は今年1月、この大人の女性たちによる告発について改めてストーキング(つきまとい)とセクハラの罪でシン氏と元WFI事務局長を起訴しています。裁判所も証拠十分として公判開始を認めています。 62 告発側の選手らは今回のPOCSO案件取り下げに「非常に失望したが、他の被害について正義が実現することを信じる」とコメントしました。引き続き公判を傍聴する姿勢です。また本件はインドのスポーツ界全体に波紋を広げています。政府は5月、スポーツ連盟役員による不祥事防止策として女性オンブズマン(苦情処理官)の常設など制度改革に着手しました。
今回のPOCSO訴追取消しについては、被害を訴えた未成年選手側が自ら撤回を望んだ以上、法律上は妥当な判断と受け止められています。しかし「権力者による圧力で告発を取り下げさせたのではないか」という疑念も一部でくすぶっています。事実、昨年夏に抗議を続けた選手たちが一時拘束される事件もありました。国際オリンピック委員会(IOC)からインド当局に対し選手の訴えに真摯に向き合うよう異例の勧告が出されていました。いずれにせよ、インドにおける女性アスリートの人権問題として大きな注目を集めた本件は、一連の法的手続きを経て大きな区切りを迎えました。現在も係争中の残る事件について司法がどのような判断を示すのか、そしてスポーツ界の体質改善が進むのか、2025年5月時点でも世論の関心は依然高く保たれています。
バングラデシュ製衣料の陸路輸入禁止措置
インド政府は5月17日、隣国バングラデシュからインドへの一部商品の輸入規制を発表しました。 63 具体的にはバングラデシュ産の既製衣料品(アパレル)について、これまで認められていた陸路国境経由での輸入を全面的に禁止するという措置です。さらにプラスチック製品や加工食品など一部品目も同様に陸上ルートでの輸入が制限されることになりました。 64 この新方針により、バングラデシュからの衣料輸出業者はインド市場向け製品を空路または海路でインドの指定港まで運び、そこから国内輸送する必要が生じます。主要な物流ルートだった西ベンガル州ペトラポール国境検問所からの直送ルートは遮断されました。従来2~3日で届いていた貨物も、カルカッタ港やムンバイ港まで船舶輸送した上で通関し国内輸送するため、所要日数とコストが大幅に増加する見通しです。 65
バングラデシュ製衣料の輸入制限は、インド側繊維業界の保護と対抗措置の側面があるとみられます。バングラデシュは世界有数のアパレル輸出国です。安価な労働力と政府補助による競争力を武器に、近年インド国内市場への衣料輸出を急増させていました。 66 インド企業も生産コスト削減のため隣国に工場を設け、完成品を逆輸入するケースが増えていました。バングラデシュは後発開発途上国(LDC)として関税優遇を享受しています。たとえば衣料品に必要な生地を中国から無関税で輸入し、完成品をインドに輸出することで10~15%の価格優位性を得ていたと指摘されています。 67, 68 対するインド国内の繊維業者は「自国の生地には5%のGST(物品サービス税)がかかるのに、バングラデシュ製品は低コストで流入し国内産業が圧迫されている」と不満を表明していました。こうした中、米国が2025年春にインドの輸出品に対する報復関税を検討する動きを見せたことへの対抗措置として、インド政府がバングラデシュからの輸入に締め付けをかけたとの分析もあります。 69
この措置により、インド国内で販売される廉価な衣料品の価格上昇や入手遅延が懸念されています。特にバングラデシュ製衣料が多く流通していた東部・北東部では影響が大きく、消費者に負担が及ぶ可能性があります。一方、インド繊維産業界は「安価な輸入品との競争が緩和され、生産拡大の機会」と歓迎する声もあります。バングラデシュ政府は今回の措置に公式な反応を示していません。しかし、業界団体は「二国間協定に反する」としてインド側に再考を求める構えです。バングラデシュは2026年にLDCを卒業し通常の貿易条件に移行する予定です。優遇措置が縮小されればいずれコスト競争力は目減りする見通しですが、それまでの間インド側が予防的に歯止めをかけた形です。インド商工省は「港湾経由での輸入は引き続き可能であり、必要物資の供給が途絶えることはない」と説明しています。しかし、物流の滞留やコスト増大は避けられず、両国間の貿易・外交関係に微妙な影を落としています。
衛星打ち上げ失敗が浮き彫りにした宇宙開発の課題
インドの宇宙開発において5月、久々の打ち上げ失敗という苦い出来事が起こりました。5月18日早朝、アーンドラ・プラデーシュ州スリハリコータにあるサティシュ・ダワン宇宙センターで、インド宇宙研究機関(ISRO)はPSLV-C61ロケットによる地球観測衛星「EOS-09」の打ち上げを実施しました。 70 午前5時59分(現地時間)に正常に発射され、第2段ロケットまで順調に作動しました。しかし、第3段ロケット燃焼中に異常な圧力低下が検知されました。 71, 72 管制室が即座にミッション中止を指示し、衛星は予定軌道に投入されないまま失われました。インドのPSLV(極軌道衛星打ち上げロケット)は1990年代から稼働し成功率の高さで知られてきました。しかし、今回の失敗は第101回目の打ち上げにして極めて珍しい挫折となりました。 73 ISROのS・ソマナート議長は「第3段階のモーター作動中に挙動の乱れ(misbehaviour)があり、所期の軌道投入ができなかった」と記者団に説明し、直ちに詳細な原因調査に着手したことを明らかにしました。
EOS-09は高性能のレーダー観測衛星でした。インドの国土監視や災害監視能力を強化する目的で開発された重要なミッションでした。それだけに打ち上げ失敗の影響は大きく、関連する国防・農業分野の担当者からは落胆の声が上がっています。ISROの科学者たちは5月下旬までに初期調査の結果をまとめました。「第3段の固体燃料ロケットモーター内部で想定外の燃焼挙動が発生し、推力喪失につながった可能性が高い」と発表しました。 74 今後、回収したデータや破片の分析を進め、再発防止策を講じる方針です。近年、ISROは2023年の月面着陸ミッション「チャンドラヤーン3号」の成功や、太陽観測衛星「アディティア-L1」の打ち上げなどで国威発揚に大きく寄与してきました。それだけに、今回の失敗は国内世論にも少なからず衝撃を与えています。ただ専門家は「宇宙開発に失敗はつきものだ。ISROは過去にも幾度かの挫折から学んで技術を高めてきた」と擁護的です。今回の経験も次世代ロケット開発に活かされるだろうと指摘します。
インド政府は宇宙産業の育成を重要政策と位置づけています。5月にも民間企業の打ち上げビジネス参入を促進する施策を発表したばかりでした。今後数年で有人宇宙飛行(ガガニヤーン計画)を目指すISROにとって、ロケットの信頼性向上は喫緊の課題です。PSLVはこれまでインド宇宙開発の「働き馬」として数々の衛星を送り出してきただけに、その安定性に陰りが見えたことは慎重に受け止める必要があります。ISROは記者会見で「原因究明と対策が終わるまで、同型ロケットの打ち上げを一時見合わせる」と表明しました。欧米や中国との宇宙開発競争が激化する中、インドは官民挙げての技術革新と安全対策の両立が求められています。5月の打ち上げ失敗はそうした課題を浮き彫りにした形で、国産宇宙技術の底力が改めて試される局面となりました。
その他の注目ニュース一覧
- 5月3日(社会) – ゴア州北部シルガオ村のヒンドゥー教寺院で春祭が開催中、群衆事故(将棋倒し)が発生し6人が死亡、10人以上が負傷しました。 75 熱気と混雑の中で出口付近が詰まり、押し合い圧迫されたことが原因とみられ、州政府は遺族補償を発表しました。
- 5月13日(社会) – パンジャブ州アムリトサル近郊で違法に製造された密造酒を飲んだ住民らが相次ぎ倒れ、14人が死亡、数十人が入院しました。 76 警察は有毒メタノールを含む粗悪酒が出回ったとみて、製造販売者の摘発に乗り出しています。類似の密造酒中毒事件は国内で後を絶たず、恒常的な取締り強化が課題です。
- 5月19日(文化) – カルナータカ州出身の女性作家バヌ・ムシュターク氏が、自身の短編小説集『Heart Lamp』(英訳)で2025年の国際ブッカー賞を受賞しました。 77 インド人作家の受賞は2年連続で、特に今回はカンナダ語の作品として初の受賞となり、国内の文学界は大いに沸き立ちました。
- 5月19日(治安) – パキスタンへの渡航経験を売りにしていたハリヤナ州の女性旅行ブロガー兼YouTuber、ジョーティ・マルホートラ容疑者が、パキスタン情報機関へのスパイ容疑で逮捕されました。 78 過去数年で複数回パキスタンを訪問していたことから当局が動向を注視していたもので、国家機密漏洩の疑いがあるとされています。
上述の他にも、5月には24日リベリア船籍の貨物船がケーララ州沖で沈没するも乗員24名全員が救助される出来事 79や、27日デリーの裁判所が2018年のオディシャ州パトナーガル爆弾宅配事件の犯人に終身刑判決を下すニュース 80 など、多彩な出来事が報じられました。総じて2025年5月のインドは、外交・安全保障上の緊張から国内政治の変動、社会問題、経済・環境・文化に至るまで、社会の各分野で重大なニュースが相次いだ月となりました。それら一つ一つの出来事が投げかける課題に、インド社会が今後どのように向き合っていくのかが注目されます。
参考文献:引用文献
- 停戦合意にもかかわらずインドとパキスタンが交戦 (ロイター)
- 2025年インド・パキスタン危機 (Wikipedia)
- マニプル州でBJP指導者が知事と会談後、44人のMLAが新政権樹立の準備ができたと主張 (The New Indian Express)
- 解説:ブラックフォレスト作戦はどのようにナクサルに深刻な打撃を与えたか (The Tribune)
- チャッティースガル州で治安部隊との遭遇戦でナクサライト27人死亡、最高指導者バサヴァラージュもその中に (The New Indian Express)
- インド経済、1~3月期に7.4%増と他国を上回る成長 (ロイター)
- インド、世界第4位の経済大国へ:GDPの大躍進…しかし、この成長は誰のため?包括的か? (Financial Express)
- 熱波警報:インド北部における2025年の異常な気温上昇 (Down To Earth)
- 2025年夏は昨年の記録的猛暑に匹敵する可能性、IMDが警告。熱波日数は4月から6月にかけて急増か (Business Today)
- インドは熱関連死者数を過小報告している可能性が高い、と元WHOチーフサイエンティストのスーミヤ・スワミナサン氏 (The Hindu)
- インドは熱波による死者数を過小評価している可能性があり、気候変動への対応に影響 (AP通信)
- インドにおける熱中症と熱による死亡に関する信頼できるデータなし:専門家 (NDTV)
- 2025年のインド (Wikipedia)
- インド・ハイデラバードの火災で少なくとも17人死亡 (ロイター)
- ハイデラバード火災:建物の狭い入り口が犠牲者の運命を決定づける (The New Indian Express)
- デリー裁判所、未成年者が申し立てを取り下げたため、元WFI会長ブリジ・ブーシャンに対するPOCSO事件を取り下げ (The New Indian Express)
- 裁判所、元レスリング連盟会長ブリジ・ブーシャンのPOCSO事件をクリア (Newsreel Asia)
- インドの元レスリング連盟会長、未成年者へのセクハラ事件で無罪 (AOL)
- 輸送遅延、コスト増:バングラデシュ衣料品輸入制限が買い手に打撃 (Times of India)
- バングラデシュ輸入禁止の影響:インドの衣料品価格が… (Instagram)
- ISROのPSLV-C61 EOS-09打ち上げ途中で中止、ISRO議長V・ナラヤナン氏が理由を説明 (The Economic Times)
- ISROロケット失敗の謎を解説 (THE WEEK – YouTube)
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