政治・外交

2025年6月の韓国大統領選に勝利した李在明政権下における外交の展望

李在明政権下における韓国外交の展望:概要

2025年6月3日の韓国大統領選挙で、革新系野党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)氏が当選し、韓国では3年ぶりに進歩勢力が政権を担うことになりました。李在明氏は選挙戦を通じて「実用外交」、すなわち実利的で現実に即したプラグマティックな外交を掲げ、韓米日協力や日韓関係の重要性を強調してきました。一方で、過去には日本を「敵性国家」と呼ぶなど、強硬な姿勢を見せたこともあります。保守系の尹錫悦(ユン・ソンニョル)前政権とは異なる外交方針が予想されますが、その基本路線は「国益を中心とした実用的外交」にあると考えられます。 1 本稿では、李在明政権下での韓国外交が主要国・地域との関係においてどのように展開されるか、安全保障、経済協力、歴史問題、地域協力といった観点から分析・展望します。また、李在明氏の過去の発言や公約、専門家の見解、主要メディアの論調も踏まえ、総合的に考察します。 3

米韓関係:同盟の維持と課題

韓米関係は、李在明政権下においても引き続き韓国外交の基軸であり続けるでしょう。李氏自身、「韓米同盟は韓国の外交と安全保障の基軸」と明言しており、選挙公約でも韓米関係を「包括的戦略同盟」へと発展させる考えを示しています。実際に、6月の就任直後には米韓合同軍事演習「フリーダムシールド」が予定通り実施され、両国は同盟関係の堅固さと防衛態勢の強化を再確認しました。 5 バイデン政権、あるいは仮にトランプ政権に交代した場合でも、同盟維持に努め、在韓米軍の駐留や拡大抑止(核保有国が同盟国に対し、核兵器による報復を保証することで、第三国による同盟国への核攻撃を抑止すること)にも基本的に協調路線を取ると見られます。

ただし、李在明政権の米国に対する姿勢は、尹前政権ほど一方的なものではなく、より自主性とバランスを重視したものとなるでしょう。李氏は「同盟が重要だからといって他国と対立すべきではない」と述べており、韓国の国益を最優先に柔軟な判断を行うと強調しています。例えば、米国が推進するインド太平洋戦略(中国の海洋進出などを念頭に、インド洋と太平洋地域における米国の影響力を維持・強化するための戦略)や台湾問題への関与について、李政権は「戦略的曖昧さ」を最大限に活用しつつ、水面下では米国と緊密に協議する姿勢を取ると予想されます。 10 また、文在寅(ムン・ジェイン)前政権下で中国に対して約束したとされる「3不」(米国のミサイル防衛システムへの不参加、THAAD=終末高高度防衛ミサイルの追加配備の不検討、韓米日軍事同盟への不参加)の方針を事実上維持し、米国にもその立場を理解させるよう努める可能性があります。これは、対中関係の安定化を図るための韓国独自のバランス戦略の一環と言えます。

軍事面では、韓国軍の自主的な防衛力強化も引き続き進められる見通しです。米国のシンクタンクからは、「韓国は既にGDP比2.8%もの国防費を支出し強力な軍隊を保有しており、李大統領はこれをさらに拡大し、2030年までに3.5%へ増やすことで米韓同盟における韓国の存在感を高めるべきだ」との提言も出ています。李氏自身も経済再生を最優先課題に掲げていますが、安全保障環境が悪化すれば防衛力増強にも前向きに取り組むでしょう。同時に、米韓日3か国の協力についても李政権は重視する姿勢です。李氏は「韓国、米国、日本の協力を強化する」と公約で述べており、特に北朝鮮問題や地域安全保障において日米韓の連携を維持すると見られます。

しかし、李在明政権の対米関係における不確定要素も懸念されます。仮に米国が韓国に対し、対中圧力の最前線に立つことを要求した場合、李政権は難しい立場に置かれる可能性があります。また、対日関係で李政権が強硬な姿勢を取れば、それが東アジアにおける米国の同盟ネットワークに歪みを生じさせる恐れもあります。専門家も「李氏が中国との関係を深め過ぎたり、日本に過度に対抗的になったりすれば、ワシントンとの関係に問題が生じるだろう」と指摘しています。しかし、李氏は現実主義的な調整を図ると見られ、例えば在韓米軍の削減問題が浮上しても、米国が強く望むのであれば李政権はそれに反対しないだろうとも報じられています。総じて、李在明政権の対米外交は「同盟重視」と「自主外交」の両立を模索する形となり、安全保障面では従来通り米韓同盟を堅持しつつも、米中対立などの国際情勢においては韓国独自の国益に基づき柔軟に振る舞う路線が予想されます。

中韓関係:経済優先と安定志向

中国は韓国にとって最大の貿易相手国であり、李在明政権は対中関係の安定的な管理を最重要課題の一つと位置づけています。李氏は「中国は韓国にとって重要な貿易パートナーであり、朝鮮半島の安全保障に影響を与える国だ」と述べ、大統領に選出された場合には尹前政権下で「最悪の状態」に陥ったとされる中国との関係を安定的に管理すると約束しました。尹錫悦政権期にはTHAAD配備を巡る確執や米国寄りの価値観外交により中韓関係が冷え込みましたが、李政権はこうした緊張を緩和し、実利を優先した関係改善に動くと見られます。専門家も「李氏の外交安保政策は一言で言えば『実用』になる」と指摘しており、イデオロギーよりも経済的利益と安定を重視した対中外交が展開されるでしょう。

経済面では、韓国にとって中国市場の重要性は依然として非常に大きいものがあります。2024年時点で韓国の輸出の約19.5%が中国向けであり、対米輸出(18.8%)とほぼ拮抗しています。 7 尹政権期の2023年には対中輸出シェアが20年ぶりに20%を割り込んだものの、それでも中国は単独首位の貿易相手国です。 8 李政権はこの巨大市場での韓国企業の利益を守るため、米中対立の板挟みを避けつつ中国との経済協力を維持・拡大する見通しです。例えば、先端技術分野では米国が中国への半導体輸出規制を強化していますが、李政権は米国と協調しつつも、中国向け輸出企業への支援策を講じるなど、実務的な対応を図るでしょう。また、文在寅前政権が掲げたとされる対中配慮策(「3不」政策)の基本線を堅持し、新たなTHAAD配備を凍結する可能性も高いとみられます。これは中国側の反発を回避し、2017年のTHAAD報復(中国による韓流コンテンツ・観光制限など)の再来を防ぐ狙いがあると言えます。

安全保障面では、李在明政権は米中間で巧みなバランスを取る姿勢です。台湾海峡や南シナ海の問題で米国が韓国に支持を求めても、李政権は「一つの中国」原則を再確認することで公然たる反中姿勢を避けつつ、水面下では在韓米軍と有事の協力計画について議論を行う、といった戦略を採るでしょう。李氏は「台湾問題などで米国から支持圧力があっても、可能な限り曖昧戦略を続けるだろう」との見方があります。一方で、中国に対しては韓国が公式に「一つの中国」を尊重する立場を強調し、北京を安心させるとともに、朝鮮半島問題での協力(対北朝鮮圧力や対話支援)を引き出す努力を続けるでしょう。李氏自身、「韓米日安保協力も大事だが、それによって他国(中露)と敵対してはならない」と述べています。つまり、米同盟と中韓関係を二者択一ではなく両立させる方策を追求する考えです。

技術協力やサプライチェーンの面でも、中韓の相互依存を踏まえた現実路線が見込まれます。韓国は半導体や電気自動車用バッテリーなどで世界的な供給国ですが、その素材・部品には中国からの輸入も多く含まれます。李政権はサプライチェーンの「脱中国(デカップリング:経済関係の切り離し)」の圧力が高まる中でも、一足飛びのデカップリングではなく「デリスキング(リスク低減)」のアプローチを取るでしょう。すなわち、一部の戦略物資では供給元の多角化を図りつつ、民生分野では中国との正常な貿易・投資を維持する方針です。韓国国内でも中国経済への高い依存度を懸念する声はありますが、同時に中国市場から締め出されるリスクも大きいため、李政権は慎重に舵取りをすると予想されます。実際、2023年には中国の自給自足政策や米国の対中牽制策の影響で韓国の対中輸出が減少しましたが、これに対して韓国政府は輸出市場の多角化(東南アジア・中東などへの開拓)に乗り出しています。李政権も「グローバル・サウス(主に南半球に位置する開発途上国・新興国を指す言葉)との協力拡大」を掲げており、中国一極集中からのリスク分散を図りつつ、中国とは安定的な経済関係を続けるという二面作戦を取るでしょう。

総じて、李在明政権の対中外交は「安定志向の実用外交」と要約できます。経済では中国との協力を深めて韓国の成長に資する一方、安全保障では中国を過度に刺激せず均衡を保つという路線です。これは文在寅政権の方針を受け継ぎつつ、文氏よりも現実主義的・実利的な色彩が濃いと指摘されています。中国側も李氏の当選を歓迎し、関係改善に期待を寄せているとの報道があります。もっとも、米中対立という構造的圧力の中でどこまで巧みに立ち回れるかが課題であり、韓国が「米中双方から信頼されるパートナー」であり続けるには繊細なバランス外交が求められるでしょう。

日韓関係:歴史問題と実用主義の両立

李在明政権の発足により、ここ数年で改善の兆しを見せていた日韓関係がどのように変化するかが注目されています。李氏は過去に日本政府の対韓姿勢を厳しく非難し、2019年の日本の輸出管理強化の際には日本を「敵性国家」と表現したこともありました。 2 また、日本による植民地支配や歴史問題に敏感な進歩系の支持層を背景に、2018年のいわゆる元徴用工判決を擁護し、日本に真摯な謝罪を求めるなど、対日強硬派との見方もされていました。しかし、今回の選挙戦では李氏はそうした反日的な言動を控え、「実用外交」の名のもとに日韓協力の重要性を強調しました。 13 実際、李氏は「日本は重要な協力パートナーだ」と明言しており、現実的な国益に照らして日韓関係の安定維持を図る姿勢を示しています。

日本政府内では、李在明氏の当選について「警戒と楽観が入り交じる」雰囲気だと報じられています。懸念としては、李政権の背後に歴史問題で強硬な支持層が存在するため、何かのきっかけで再び反日路線に転じる可能性が指摘されています。実際、李氏自身ポピュリスト的な一面が指摘されており、支持率が低下した際に国内世論の支持を得るために反日的なカードを切るリスクはゼロではありません。日本政府関係者も「李氏は何かきっかけがあれば反日に転じる可能性があり警戒が必要」との見方を示しています。特に、独島(竹島)問題や慰安婦・元徴用工問題などで日本側が強硬な姿勢を取った場合、李政権が強い言葉で対抗するシナリオも考えられます。

一方で楽観的な材料は、李政権が大局的な観点から日韓協力を継続すると見られる点です。李氏の外交ブレーンは「日韓関係は継続性を土台にしなければならない」と述べており、保守の尹前政権下で進んだ関係改善の動きを無駄にする意図はないと示唆しています。また、日本側も、北朝鮮がロシアとの軍事協力を強め、米国でトランプ政権が誕生する可能性もある中で、日韓協力は不可欠であると認識しています。日本の外務省高官は「韓国側もこの状況下で日本との関係を壊したいとは思わないだろう」と分析しています。実際、李氏は公約で韓米日協力を重視すると明言しつつ、日本に関する過去の歴史問題や領土問題には「原則的に対応する」と述べました。これは、実務的な協力は進めるものの、主権や歴史認識の原則では譲歩しないという姿勢の表れです。具体的には、尹政権が打ち出した元徴用工問題の解決策(韓国の財団が日本企業の賠償を肩代わりする案)について、李在明氏は野党時代に「被害者の意向を無視した屈辱的な策だ」と批判していました。しかし、一度成立した解決策を直ちに覆すよりも、被害者支援の充実といった付帯措置で名分を立てつつ、日本とは協力関係を維持する可能性が高いと見られます。これは上記の外交ブレーンが言う「継続性」を重視する姿勢と合致すると言えるでしょう。

今後、日韓関係では「二重のアプローチ(デュアル・アプローチ)」が取られると予想されます。一つは未来志向の協力です。経済・安全保障における日米韓協力や人的交流の拡大、さらには半導体サプライチェーンや先端技術分野での日韓企業協力など、共通の利益に基づく連携を深めていくと考えられます。もう一つは、懸案事項における原則論の堅持です。元徴用工や慰安婦問題で韓国国内の司法判断や世論を尊重し、日本に対して誠意ある対応を引き続き求めていくでしょう。ただし、李政権は文在寅政権末期のように激しい対日批判の応酬に戻ることは望まないはずです。それは「実用外交」の看板に反し、国益にも合致しないからです。実際、大和総研の分析によれば、李氏は「K-イニシアティブ」の一環として「K-外交」を掲げ、日韓関係の再定義を図っており、過去の反日姿勢から転換し、大局的な経済協力を重視しているとされています。 17 このため、李政権下で日韓関係が劇的に悪化する事態は避けられるとの見通しが指摘されています。

しかし、懸念が完全に払拭されたわけではありません。歴史問題は依然としてくすぶっており、例えば福島第一原発の処理水海洋放出問題や、歴史教科書、靖国神社参拝問題など、新たな火種も潜在しています。李在明氏は国内の世論に敏感な政治家であるため、日本側の対応次第では国内世論に押される形で強硬姿勢に戻るリスクも否定できません。日本政府はその点を警戒しつつ、李政権の現実路線を後押しする形で未来志向の対話を継続していく考えです。総じて、李在明政権下の日韓関係は「協力と摩擦の管理」の時期と言えるでしょう。協力すべき分野(安全保障・経済)では粛々と連携を進め、対立しうる歴史問題では衝突を最小限に抑える努力が続くと考えられます。関係改善のモメンタム(勢い)自体は維持されるとの見方が優勢ですが、予断を許さない要素も併存する状況です。

南北関係:対話再開と現実的アプローチ

文在寅政権以来、中断していた南北対話の再始動は、李在明政権にとって外交・安全保障上の最優先課題の一つと言えます。李氏は「大統領に選ばれたら軍事ホットラインを含む北朝鮮との意思疎通回復を図る」と明言し、就任後速やかに南北間の軍事直通電話や連絡ルートを復旧させる方針です。これは、尹前政権下で完全に途絶していた南北対話のチャンネルを復活させ、緊張緩和の糸口を掴む狙いがあります。また、李氏は「南北が互いに緊張を誘発する行為を停止し、互恵的な対話と交流協力を進める」と述べており、北朝鮮に対して段階的な信頼醸成措置を提案すると見られます。例えば、北朝鮮がミサイル発射を自制すれば韓国も米韓軍事演習の規模を調整するといった相互措置や、人道目的の対北朝鮮支援(食糧・医薬品など)の再開が検討されるでしょう。

李在明政権の対北朝鮮政策は、文在寅政権の和平路線を受け継ぎつつも、より「条件付き・段階的」な現実路線になるとの分析があります。李氏は「条件付き対話」を提唱しており、無条件で北朝鮮に譲歩するのではなく、非核化に向けた具体的なステップごとに見返りを提供する漸進的なアプローチを支持しています。例えば、北朝鮮が核・ミサイル開発の凍結に応じれば制裁の一部緩和や開城(ケソン)工業団地の限定的な稼働再開を検討し、さらなる核廃棄に進めば米朝終戦宣言や経済協力の拡大へとつなげるというシナリオです。李氏自身、2021年の発言で「朝鮮戦争の終戦宣言は何としても推進すべきで、政治的理由で止めてはならない」と強調しており、終戦宣言から平和協定、そして共同繁栄という段階的な平和プロセスを描いています。 19 これには、日本など一部から「性急な終戦宣言は北朝鮮の核保有を既成事実化する」との反対論もありますが、李氏は「反対することは日本の国益を助けるだけだ」とまで述べており、韓国主導で平和プロセスを前進させる強い意志がうかがえます。

もっとも、こうした融和策にはリスクも伴います。保守派からは「李在明氏の方針は北朝鮮の深刻な核の脅威に対処しておらず、対話再開を試みているだけだ」と批判する声が早くも上がっています。実際、尹前政権下で北朝鮮はICBM(大陸間弾道ミサイル)級ミサイルの発射や核戦術化を進めており、対話に応じる姿勢を見せていません。李政権が譲歩しても、北朝鮮が時間稼ぎに利用し、核戦力増強を続ける可能性は否定できず、慎重な見極めが必要です。専門家からも「過去、文在寅大統領は金正恩(キム・ジョンウン)政権との合意が紙切れ同然になることを痛感した。李大統領も理想より現実に直面するだろう」との指摘があります。つまり、和平ムードを演出しても北朝鮮が非核化に踏み込まなければ成果は限定的であり、最悪の場合、北朝鮮の軍事挑発に付け入る隙を与える恐れもあります。李在明政権は対話と抑止の両立を図ると公言しており、米韓同盟による強力な抑止力の下で安心して対話に臨む「強い安保の上の平和」を目指すと見られます。実際、李氏は選挙中に「北朝鮮への先制攻撃論」には否定的な立場でしたが、必要な防衛力整備には賛意を示しています。したがって、韓国軍と在韓米軍の態勢は盤石に維持しつつ、水面下で北朝鮮との交渉パッケージを模索するという二軸で進むでしょう。

国際的には、李在明政権の南北融和策に対し、米国バイデン政権(あるいはトランプ政権復帰時でも)の支持を取り付けられるかが鍵となります。李氏はトランプ前大統領と金正恩委員長の第3回米朝首脳会談が実現するならば支持すると表明しており、米朝対話の仲介役も厭わない構えです。文在寅政権時代には韓国主導の終戦宣言案が米国の慎重な姿勢により実現しませんでしたが、李政権は国内の政権基盤の安定を背景に、改めて米国に働きかけるでしょう。バイデン政権下では人権問題などから北朝鮮との対話に消極的でしたが、李政権の積極的な姿勢が米国を動かす可能性もあります(逆に、米国が同調しない場合、韓国単独では限界があるため、この点は不確実性となります)。

総じて、李在明政権の対北朝鮮外交は「現実的な平和攻勢」と位置付けられます。対話再開と信頼醸成措置で緊張緩和を図りつつ、核問題では段階的な譲歩を引き出す戦略です。進展があれば南北経済協力(開城工業団地の再開や金剛山(クムガンサン)観光の復活、ひいては朝鮮半島新経済構想)にもつなげたい考えですが、最終的な非核化という難題は依然として残ります。李政権の5年間で北朝鮮問題に大きなブレークスルーをもたらせるかは未知数ですが、少なくとも対決一辺倒だった前政権よりは柔軟な選択肢が追求されるでしょう。韓国国民も大多数が南北対話の必要性を支持しているとされ、李在明政権はそうした民意を背景に、慎重かつ大胆に南北関係の改善を模索していくものと考えられます。

ロシア関係:経済・外交の再接近余地

尹錫悦前政権下で冷却化したロシアとの関係も、李在明政権ではバランスを考慮した立て直しが図られる可能性があります。ウクライナ危機以降、韓国は米欧と足並みを揃えて対ロシア制裁に加わり、武器のウクライナ供与も検討する姿勢を見せてきました。しかし、李氏は選挙期間中、「韓国は国益と実用性に基づき中国、米国、日本、ロシアの四大国との関係を発展させる」と明言していました。また、「韓米同盟が重要でも、だからといって他国(中露)と対立してはならない」と述べ、ロシアとも安定的な関係を維持する考えを示しています。こうした発言から、李在明政権はロシアに対し、前政権よりも対話の窓口を開き、経済協力の余地を探ると見られます。

もっとも、2025年時点でもウクライナ戦争が継続している場合、韓国として西側諸国の制裁網から逸脱することは困難です。李政権も原則として制裁は順守しつつ、追加的な対ロシア圧力には慎重な姿勢を取るでしょう。例えば、尹政権期には殺傷兵器の直接供与こそ避けたものの、ポーランド経由での韓国製武器の移転が事実上進みました。李政権はこのような間接的な軍事支援にも消極的になる可能性があります。その代わり、人道支援や外交的解決の呼びかけに重きを置き、ロシアとの完全な対立を避けるでしょう。韓国国内の進歩系支持層には反戦・平和の志向が強く、李氏自身「ウクライナ危機は対話による解決を」と訴えてきました。したがって、NATO的な軍事支援よりも、中立的な立場からの和平仲介や援助に力を入れるかもしれません。

経済面では、ロシアとの直接取引はエネルギー分野を中心に限定的ですが、李政権は文在寅政権時代の「新北方政策」(ロシア極東や中央アジアとの経済協力を強化する政策)の復活を模索すると見られます。文政権はロシアとの間でガスパイプライン敷設やシベリア鉄道連結、北極航路協力など「9つの橋」構想(エネルギー、交通、農業など9分野での協力プロジェクト)を掲げました。尹政権期にはこれらは停滞しましたが、李政権は北朝鮮問題の進展如何によっては、これらのプロジェクトを再浮上させる可能性があります。特に北朝鮮が非核化に動くならば、韓国・北朝鮮・ロシアを結ぶエネルギー協力や物流ネットワーク構想が現実味を帯びるでしょう。また、ロシア主導のユーラシア経済連合(EAEU)との自由貿易協定(FTA)交渉も、2017年に開始されながら停滞していましたが、状況次第では李政権が交渉再開に動く可能性があります。 21 EAEUはロシアや中央アジア諸国との経済連携の枠組みであり、韓国としては将来的な市場確保の観点から無視できません。もっとも、欧米の対ロシア制裁下で直ちにFTA締結は難しいため、中長期的な展望となるでしょう。

外交面では、李在明大統領とプーチン大統領の直接対話の機会が増えるか注目されます。文在寅政権期には韓露首脳会談が定期的に行われ、韓国はロシアに対北朝鮮協力を働きかけるなど一定の役割を果たしました。李政権も、北朝鮮がロシアから軍事支援を受けている現状に懸念を持ちつつ、逆にロシアを通じて北朝鮮に影響を与えるルートを模索するでしょう。例えば、北朝鮮が核実験に踏み切らないようロシアに仲介を求めるといった動きです。ただし、現在のロシアはウクライナ戦争で手一杯であり、極東外交への関与は限定的です。そのため、李政権の働きかけがどこまで実を結ぶかは未知数です。また、ロシア側からすれば、尹前政権下で韓国が制裁に加わったことへの不信感も残っています。まずは李政権がロシアに対し友好的なメッセージを発信し、文化・人的交流など非政治分野から関係修復を図ることになるでしょう。

総じて、李在明政権の対ロシア外交は「慎重な再接近」と表現できます。西側同盟国としての立場を維持しつつも、ロシアを過度に遠ざけず、対話と協力の余地を残すというバランスです。直接的な経済利益は限定的でも、北東アジアの安全保障環境を考えれば、ロシアとの意思疎通は不可欠です。李在明氏は中国だけでなくロシアも含めた多角外交を掲げており、韓国外交の選択肢を増やす意味でも対ロシアチャンネルの維持に努めるでしょう。もっとも、ウクライナ情勢が好転しない限り大きな進展は望みにくく、当面は現状維持に多少の改善を加える程度の関係にとどまる可能性が高いと言えます。

欧州連合(EU)・その他地域:多角的な外交戦略

李在明政権の外交的な視野は、米中露といった大国関係だけに留まりません。選挙公約の中で李氏は「韓国外交のフィールドを拡大・多元化する」と述べ、アジア地域戦略やグローバル・サウス(発展途上国)との協力強化を打ち出しています。これは、文在寅政権が推進した「新南方政策」(ASEAN諸国やインドとの関係を強化する政策)を踏襲し、発展させるものと考えられます。

まず欧州連合(EU)との関係ですが、李在明政権でも基本的に良好なパートナーシップが維持されるでしょう。韓国とEUは既に包括的な自由貿易協定(FTA)を締結しており、双方にとって重要な経済的パートナーです。2024年には韓国の輸出の約12%が欧州向けであり、米中に次ぐ規模となっています。李政権は気候変動対応や先端技術規制など、グローバルな課題でEUとの協調を強める可能性があります。特に気候変動分野では、進歩系の李氏は2050年カーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)目標の達成や再生可能エネルギーの促進に積極的であり、EUのグリーンディール政策(気候変動対策と経済成長を両立させるための包括的政策)とも足並みを揃えやすいと考えられます。また、尹前政権が関与を深めたNATO(北大西洋条約機構)との協力(サイバー防衛や軍事情報共有など)については、李政権はやや距離を置く可能性があります。これは対ロシア関係への配慮や、欧州の安全保障よりもアジアでのバランス外交を優先する姿勢の表れかもしれません。ただし、EUとの関係自体は「価値観外交」ではなく、実利的な協調の文脈で維持・発展させるでしょう。例えば、半導体やバッテリーのサプライチェーン強靭化で韓国とEU企業が協力したり、EU主導の経済安全保障枠組みに韓国が参加したりといった動きが考えられます。EU側も韓国をインド太平洋地域の重要なパートナーと位置付けており、李政権下でも定期的な首脳協議やFTAのアップグレード交渉などが進む見通しです。

次に東南アジア・南アジア地域です。李在明政権はASEAN(東南アジア諸国連合)各国との関係強化を重視すると見られます。文在寅政権の新南方政策では「3P(People, Prosperity, Peace:人、繁栄、平和)」を掲げ、人的交流、経済的繁栄、平和協力の面でASEANとの関係を飛躍させました。李政権もこれを引き継ぎ、特にベトナム、インドネシア、フィリピンなど主要国との経済連携を深めるでしょう。韓国企業は東南アジアに積極的に進出しており、インフラ建設やデジタル分野での協力の余地も大きいです。安全保障面でも、南シナ海問題では直接介入しないまでも、「自由で開かれたインド太平洋」の理念の下、ASEANの海上安全保障能力の構築を側面支援する可能性があります。また、インドとの関係も戦略的に重要です。インドは韓国にとって第7位の輸出市場(2024年時点で2.7%)であり、サムスンや現代自動車も大規模な投資を行っています。李政権はインド太平洋地域で中国を牽制する役割を直接果たすよりも、インドとの経済・技術協力を通じて間接的に地域のパワーバランスに寄与する戦略を取るでしょう。例えば、5G通信やAI(人工知能)技術での協業、人材交流の拡大、防衛産業での協力(韓国製兵器のインドへの輸出など)も視野に入ります。インド側も韓国を信頼できる技術パートナーとみなしており、李政権期に二国間関係がさらに進展する余地があります。

中東・アフリカ・中南米といったその他の地域にも、李在明政権は目配りをするはずです。中東では、尹前政権がサウジアラビアやUAE(アラブ首長国連邦)とエネルギー・建設分野で大型契約を結ぶなど、関係強化に成功しました。李政権もこれを継続し、中東との経済協力(石油・ガス開発、スマートシティ建設、原子力発電所の輸出など)を推進するでしょう。特にサウジアラビアとは、韓国企業が関与するメガプロジェクト(ネオムシティ構想など)が進行中であり、政権が代わっても国家プロジェクトとして支援が続くと見られます。一方で、進歩系政権は中東問題で人権や平和を重視する傾向もあり、イラン核合意の支持やパレスチナ支援などで独自の発信をする可能性もあります。李氏は米国一辺倒ではなく、「中立的な橋渡し役」を自認するかもしれません。例えば、サウジアラビアとイランの和解を歓迎し、両国とそれぞれ友好関係を維持するなど、バランス外交を展開するでしょう。

アフリカや中南米については、李政権が直接的に大きく関与する機会は限られるかもしれません。ただし、これらの地域への開発援助(ODA:政府開発援助)の拡充や経済進出支援は引き続き行われるでしょう。特にアフリカでは、文政権期に韓国企業のインフラ投資や「Korean Aid」と呼ばれる援助プログラムの展開が図られました。李政権も国際社会における韓国の地位向上を図るため、国連など多国間の舞台での貢献度を上げようとするでしょう。気候変動対策資金の拠出やグローバルヘルス(国際保健)分野での主導などが考えられます。これは「世界をリードする韓国」という李氏のビジョンにも合致するものです。

最後に、李在明政権の外交スタイル全体を俯瞰すると、それは「多方面でのバランスと実利追求」に集約できます。米中対立が激化し、新冷戦の様相を呈する中で、韓国は同盟国でありながら一方に与し切らず、自国の経済発展と安全保障を最大化するための巧みな外交が求められます。李氏は国内政治では対立的なイメージもありますが、外交では「中道」に寄った現実的な手法を取るとの見方があります。実際、彼の顧問陣には元外交官や国際情勢に通じた人物が多く、イデオロギーよりも国益を優先する姿勢が見受けられます。これは韓国の進歩系外交の一種の変容でもあり、「自主性」を掲げつつも、結局は米日との協調も重視するというバランス感覚です。

総じて、李在明政権下の韓国外交は、不確実性の高い国際環境の中で舵取りが難しい局面に立たされるでしょう。それでも、国内経済の立て直しと朝鮮半島の安定という明確な目標に沿って、各国との関係を実用的にマネジメントしていくと考えられます。今後5年間で米中対立の行方や北朝鮮の出方など、多くの要因が韓国外交に影響しますが、李在明政権は「国益最優先の実用外交」を掲げた初心に立ち返りつつ、その都度柔軟に戦略を調整していくものと期待されます。韓国の主要メディアも「李在明政権は日米韓協力の維持に努めるが、対日強硬の地金(じがね)は依然残る」と論じており、今後も慎重な外交運営が求められるでしょう。 25 日本にとっても、李在明政権の動向を注視しつつ、対話と協力を積み重ねることで東アジアの安定と繁栄に寄与していくことが重要になると言えます。

参考文献:引用文献

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