【はじめに】 アラブ首長国連邦(UAE)は、中東地域の中でも経済成長が著しく、グローバル企業の拠点としても注目されています。そのため多くの外国人がUAEで働く機会を得ていますが、現地の労働法を正しく理解しておくことは非常に重要です。本記事では、UAEの労働法の基本的な概要をできるだけ詳しく解説します。ただし、本文で紹介する内容は一般的な情報であり、法的アドバイスを目的とするものではありません。最新情報や具体的な事案に関しては専門家や当局への確認をおすすめします(2025年)。
1. UAE労働法の概要
UAEは連邦制を採用しており、連邦レベルで制定された労働法が原則として適用されます。2022年2月2日から施行された連邦令第33号(Federal Decree-Law No. 33 of 2021)が、現在、民間セクターの基本的な労働条件を定める中心的な法律です。 また、ドバイ国際金融センター(DIFC)やアブダビグローバルマーケット(ADGM)などのフリーゾーンでは、独自の労働規定が存在する場合もあるため、勤務先の所在するエリアの労働法令をあわせて確認する必要があります。
2. 労働契約の種類
従来、UAEの労働法では、有期契約(Fixed-Term Contract)と無期契約(Unlimited-Term Contract)の2種類が存在していました。しかし、2022年の法改正により、有期契約(最長3年)の形態が基本となり、必要に応じて更新を行う仕組みが導入されています。企業が従業員を雇用する場合は、下記の点を明確にした契約書を締結することが義務付けられています。
- 雇用開始日や契約期間
- 業務内容や職務範囲
- 給与・手当などの報酬条件
- 就業場所
- 労働時間・休暇などの勤務条件
- 契約終了や更新に関する条件
また、契約の変更や終了に関する条件も労働法によって保護されており、雇用者と被雇用者の双方が法的ルールに則って手続きを行う必要があります。
3. 労働時間と休暇
3.1 労働時間
UAEの民間セクターでは、週48時間、1日あたりおおむね8時間を超えない範囲が所定の労働時間の目安とされています。ラマダン期間中は、イスラム教徒の従業員を含む全従業員の労働時間が通常よりも短縮されることが一般的です(法的には2時間短縮)。
ただし、業種や職種によっては労働時間が変動することもあり、またフリーゾーンでは独自の規定がある場合があります。従業員は雇用契約書や社内規定を確認し、自身の労働時間を把握しておくことが大切です。
3.2 週休・祝日
UAEでは、週に1日の有給休暇が義務付けられています。多くの企業では、金曜日がイスラム教の礼拝日として扱われてきましたが、近年は週末を土日とする企業も増えています。 また、祝日は政府が定める日程に従って有給で休暇が与えられます。主要な国民の祝日や宗教的祝日(イードなど)には休暇が取得可能です。
3.3 年次有給休暇
UAE労働法では、雇用開始後満1年で最低30日の年次有給休暇を取得できる権利が規定されています。1年未満の従業員については、勤続期間に応じて日割りで休暇日数が付与されるのが一般的です。休暇を取得しなかった場合、その日数を翌年に繰越すか、または会社規定に基づく手当として支給されるケースもあります。
3.4 病気休暇
UAE労働法では、雇用開始後、試用期間を終了した従業員は病気休暇を取得する権利があります。病気休暇に伴う給与支給は法的に以下のように規定されています。
- 最初の15日間は全額支給
- 次の30日間は半額支給
- それ以降は無給
ただし、病気休暇の取得要件や手続きは会社や業界ごとに異なる場合があります。必ず社内規定や労働契約で詳細を確認しましょう。
3.5 産休・育児休暇
近年の改正で女性の社会進出を支援するため、産休(Maternity Leave)は60日間(うち45日間は全額支給、残り15日は半額支給)とすることが定められています。また、パタニティ・リーブ(父親の育児休暇)も導入され、子供の誕生から6か月以内に最大5日の有給休暇を取得できる規定となっています。
4. 試用期間(プロベーション)
UAE労働法では、雇用開始時に最長6カ月の試用期間を設けることが可能とされています。試用期間中は、雇用者・被雇用者いずれかの理由により契約を終了する場合でも、比較的短い期間(14日~30日程度)の通知を行うことで解消が可能とされています。 ただし、試用期間中の解雇や退職に関しては詳細な規定があるため、契約書や社内規定をよく確認する必要があります。
5. 給与と賃金の支払い方法
UAEでは、給与の支払いは法的にWPS(Wage Protection System)と呼ばれるシステムを通じて行うことが義務付けられています。WPSによって、従業員に対する給与や賃金が適切に支払われているかどうかを政府当局が監視します。企業がこのシステムを利用しない場合、罰則が科される場合がありますので、雇用者は注意が必要です。
なお、給与に含まれる項目(基本給、住宅手当、交通費など)は会社や契約内容によって異なります。エンド・オブ・サービス・グラチュイティ(退職金)などの計算に影響を与えるので、契約書で自分の基本給と手当がどのように区別されているかを確認することが重要です。
6. 解雇と契約終了
UAEの労働法では、雇用契約の終了に関して明確な規定があります。主な終了事由は以下の通りです。
- 契約期間の満了
- 当事者間の合意による終了
- 正当な理由に基づく解雇(重大な違反や不正行為など)
- 会社都合による解雇(業績不振、組織再編など)
- 従業員による辞職
解雇時の通知期間は、一般的に30日以上と定められており、業種や契約内容によってはさらに長く設定されていることもあります。会社側が解雇する場合も、適切な手続きや通知期間を守ることが求められます。
7. エンド・オブ・サービス・グラチュイティ(退職金)
UAEで一定期間以上勤務した従業員は、退職時にエンド・オブ・サービス・グラチュイティ(End of Service Gratuity)と呼ばれる退職金を受け取る権利があります。その計算方法は、おおまかに以下のようになっています。
- 1年未満の勤務:支給対象外
- 1年以上5年未満の勤務:勤務1年あたり21日分の基本給
- 5年以上の勤務:最初の5年は1年あたり21日分、5年を超えた分は1年あたり30日分の基本給
ただし、従業員による契約違反や重大な過失での解雇の場合など、グラチュイティの一部または全部が支給されないこともあります。また、フリーゾーンや特別規定のある企業では、上記と異なる計算方法を適用している場合もあるため、雇用契約書や就業規則を再確認しましょう。
8. UAEのビザと労働許可
UAEで合法的に働くには、雇用主が発行する労働許可(Work Permit)と、滞在のための就労ビザ(Residence Visa)が必要です。一般的な手続きの流れは以下の通りです。
- 雇用主が内定後に労働許可を当局に申請
- 労働許可が承認された後、従業員は入国ビザ(Entry Permit)を取得
- UAE入国後、健康診断やID発行などの手続きを行い、就労ビザを取得
- 在留カード(Emirates ID)の発行
ビザや労働許可の期限が切れないように注意しつつ、更新手続きや在留期間の延長手続きを早めに進めることが大切です。
9. フリーゾーンにおける労働法
ドバイ国際金融センター(DIFC)やアブダビグローバルマーケット(ADGM)などのフリーゾーンでは、UAE連邦の労働法から一部独立した労働規定を持っています。フリーゾーンごとに規定が多少異なるため、以下の点に注意しましょう。
- 契約形態や試用期間の規定
- 休暇制度や残業代計算
- 紛争解決の手続き(独自の裁判所や仲裁制度を有する場合あり)
- 社会保険・医療保険制度の取り扱い
フリーゾーン内の企業に雇用される場合は、契約書に記載されたフリーゾーン独自のルールをよく確認し、会社の人事部門やフリーゾーン管理当局に疑問点を問い合わせることが重要です。
10. 労働紛争と救済手段
UAEで労働問題や紛争が発生した場合、原則として裁判所や和解機関で解決が図られます。Ministry of Human Resources & Emiratisation(MOHRE)が仲介役となるケースも多く、従業員と雇用主の双方から事情を聞いた上で、公平な調停を目指します。 争点が解決しない場合は、最終的に裁判所に持ち込まれることもありますが、紛争解決の前にMOHREでの調停を経ることが求められています。労働契約書や給与明細、メールのやり取りなどの証拠書類を整理しておくと、スムーズに手続きが進む場合があります。
11. まとめ
UAEの労働法は、連邦レベルでの規定とフリーゾーンごとの独自ルールが併存しており、外国人にとって複雑に感じることも少なくありません。労働契約や就業条件、休暇制度、解雇手続き、退職金など、基本的なルールを押さえておくことで、UAEでの就労や生活をより安心して行うことができます。
特に重要なのは、最新の法改正情報を定期的にチェックすることと、実際の契約書や社内規定をしっかり確認することです。疑問点やトラブルがあれば、MOHREやフリーゾーン管理局、専門の弁護士やコンサルタントなどに相談することをおすすめします。
本記事が、UAEでの就労を検討している方や、すでに働いている方が労働法を理解する一助になれば幸いです。
※本記事は一般的な情報提供を目的としており、法的アドバイスには代わるものではありません。最新の法令や個別のケースについては、専門家や当局にご確認ください。
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