「スパイダーズ・ウェブ作戦:Operation Spider’s Web」――ウクライナ軍によるロシア空軍基地への大規模ドローン攻撃の真偽と詳細検証
2025年6月1日未明、ウクライナ軍がロシア本土の複数の空軍基地に対し、大規模なドローン攻撃を実行したとされる「スパイダーズ・ウェブ作戦:Operation Spider’s Web」。この作戦の背景、詳細、そしてその影響について、専門用語の解説を交えながら、分かりやすく掘り下げていきます。
攻撃対象となったロシア空軍基地とその戦略的意義
ウクライナ軍による攻撃対象は、ロシア国内の広範囲に点在する5箇所の空軍基地と報じられています。これらの基地は、ロシアの長距離航空戦力の中核を担っており、ウクライナ侵攻におけるミサイル攻撃の拠点としても使用されてきました。 1 2
主な標的基地
- ベラヤ空軍基地 (Belaya): 東シベリアのイルクーツク州に位置し、ウクライナから約4,300km離れています。核搭載可能なTu-22M3超音速長距離爆撃機の拠点で、ロシアの戦略的航空戦力の重要拠点です。
- オレニヤ空軍基地 (Olenya): 北部ムルマンスク州コラ半島にあり、ウクライナから約1,800km。Tu-95MS戦略爆撃機などが駐留し、従来はウクライナの攻撃範囲外とされていました。
- ジャギレボ空軍基地 (Dyagilevo): 西部リャザン州に位置し、モスクワから約200km。Tu-95MSやTu-22M3爆撃機、空中給油機が展開し、過去にも攻撃を受けた経緯があります。
- イワノヴォ・セヴェルニー空軍基地 (Ivanovo Severny): 中部イワノヴォ州、モスクワ北東約250km。A-50早期警戒管制機(AWACS、いわゆる「空飛ぶレーダーサイト」)の配備基地で、ロシア防空の「目」とも言える重要拠点です。 3
- ウクラインカ空軍基地 (Ukrainka): 極東アムール州にあり、ウクライナから約5,500km。Tu-95MS爆撃機部隊の主要駐屯地です。ロシア国防省はアムール州を含む5地域での攻撃発生を認めています。 4
これらの基地に配備されているTu-95MS「ベア」やTu-22M3「バックファイア」といった爆撃機は、核弾頭の搭載も可能であり、ロシアの核戦略の一端を担っています。そのため、これらの後方基地への攻撃は、ロシアの戦略爆撃能力そのものに打撃を与える試みと言えます。
使用されたドローンと巧妙な作戦計画
「スパイダーズ・ウェブ作戦:Operation Spider’s Web」は、ウクライナ保安庁(SBU)が約1年半かけて極秘に準備した、非常に複雑な特殊作戦でした。使用されたのは、FPV(First Person View:一人称視点)ドローンと呼ばれる、操縦者があたかもドローンに乗っているかのような視点で遠隔操作できる小型無人機です。これらは爆発物を搭載した自爆型ドローンとして運用されました。
作戦の背景
- ウクライナは独自開発の攻撃ドローンを多数用意し、分解・密輸する形でロシア領内深くに搬入しました。
- 運搬には貨物トラックと偽装コンテナが用いられ、各コンテナには約36機のドローンが収納可能で、遠隔操作で一斉発進できる仕組みでした。 5
- 発射地点を標的基地の至近まで前進させることで、ロシア側のレーダー網を回避し、奇襲効果を高めました。
- この作戦には18か月と9日の歳月が費やされ、ゼレンスキー大統領自身が進捗を監督したとされています。
- 作戦の隠密性を確保するため、アメリカ合衆国などの同盟国にも事前通告はされませんでした。 6
- 作戦準備段階では、ロシア国内に協力者ネットワークを構築し、ロシア連邦保安庁(FSB)の地方本部のすぐ隣に「現地オフィス」を構えていたとゼレンスキー大統領は明かしています。
攻撃による被害状況
ウクライナ側は、この作戦によってロシア軍の軍用航空機40機以上が地上で破壊または損傷を受けたと発表しています。対象機種には、Tu-95MS戦略爆撃機、Tu-22M3超音速爆撃機、A-50早期警戒管制機などが含まれるとされています。ウクライナ保安庁(SBU)は、「ロシア戦略航空の34%にあたる爆撃機が一度に撃破され、被害総額は約70億ドルにのぼる」と主張しています。
しかし、これらの数字には修復可能な損傷機も含まれる可能性があり、第三者の分析(OSINT:Open Source Intelligence、公開情報に基づく諜報活動)では、確認された完全破壊機数はこれより少ないものの、それでも相当数にのぼるとされています。例えば、米衛星画像分析専門家クリス・ビガーズ氏の解析では、ベラヤ空軍基地でTu-22M3爆撃機4機とTu-95MS爆撃機3機が炎上・完全破壊、さらにTu-95MS爆撃機1機が損傷したことが確認されています。 7 オレニヤ空軍基地でも同様にTu-95MS爆撃機3機が破壊、1機が損傷した可能性が高いと分析されています。 8
総合すると、完全に破壊されたロシア軍航空機は10機前後と推定され、その他複数機が損傷を負ったと見られます。この規模の損害は、第二次世界大戦以降、ロシア戦略航空が一度に被ったものとしては前例がないと指摘されています。 9
人的被害に関しては、ロシア国防省は「死傷者は出ていない」と発表。ウクライナ側も特段の言及はなく、地上要員や住民への大きな犠牲はなかったと推測されます。
作戦の実行体制:SBUとゼレンスキー大統領の関与
この大規模攻撃は、ウクライナ保安庁(SBU)が主導しました。SBU長官ワシル・マリューク氏が中心的役割を果たし、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領自身も計画の進捗を直接監督したとされています。実行部隊はSBUの特殊作戦チームで、情報機関直属の対敵工作部隊が担いました。
ゼレンスキー大統領は、作戦成功後、「ロシア国内で我々を支援してくれた人々(協力者)は既にロシア領外に退避させ、無事を確認している」と述べています。一方、ロシア側当局は「本件に関与した疑いで数名を拘束した」と発表しており、主張に食い違いが見られます。
ロシア政府・国防省の反応
ロシア国防省は6月1日、ウクライナによる無人機攻撃の事実を認める公式声明を発表しました。声明では、ムルマンスク州とイルクーツク州で「数機の航空機が炎上した」ことを認める一方、大半の無人機は迎撃したと主張し、被害を最小限に抑えようとする姿勢が見られました。また、「攻撃の関係者数名を現地で拘束した」とも発表しています。
ロシア国営メディアや一部の戦争ブロガーからは、「ウクライナ側のテロ的挑発」「NATOが背後で糸を引いている」といった非難も見られますが、国防省自体はウクライナの犯行であることを前提に、被害の矮小化に努めている印象です。
国際的な反応:アメリカ・NATO諸国の静観
この攻撃に対し、アメリカやNATO(北大西洋条約機構)諸国など欧米からは、公式にウクライナを非難する声は出ていません。アメリカ政府関係者は「今回の攻撃計画について事前の通告は受けていなかった」と明かし、米国やNATOが直接関与していないことを示唆しました。これは、西側諸国がロシアとの直接衝突を避けるため、公式には距離を置く姿勢と解釈できます。
しかし、欧米各国は一貫して「ウクライナには自衛のため敵基地を攻撃する権利がある」との立場を示しており、今回もその延長線上で捉えられています。国際社会の外交スケジュール面では、攻撃直後にトルコでウクライナとロシアの停戦協議が予定されていましたが、予定通り開催されました。
一部の米有力紙コラムでは「安価なドローンで高価な戦略兵器を無力化したのは画期的」といった論評も見られ、内心ではロシアの空軍戦力減殺を肯定的に受け止めていると推測されます。 10
報道・分析の整合性とファクトチェック
「スパイダーズ・ウェブ作戦」は世界の主要メディアで大きく報じられました。CNN、BBC、ロイター通信などは、ウクライナが前例のない規模のドローン攻撃をロシア深部で実行し、多数の軍用機を破壊したと速報しました。
OSINT分析コミュニティでも、衛星画像や現地映像の分析が進められ、ウクライナ政府が主張する戦果(航空機40機超撃破)が、ある程度の裏付けを持つことが示されつつあります。SNS上でも多くの映像や証言が飛び交いましたが、主要メディアや信頼できるOSINT筋の情報と照らし合わせると、大筋で整合性が取れていると言えます。
情報の信頼性評価
この作戦に関する情報の信頼性は、総合的に見て高いと評価できます。その理由は以下の通りです。
- ウクライナ側・ロシア側の双方が攻撃の発生自体を認めている(被害の程度には差があるものの)。
- 独立した第三者による証拠(衛星写真、現地映像)が事実関係を裏付けている。
ウクライナ側の戦果発表には誇張が含まれる可能性はありますが、具体的な作戦名や準備期間まで明かしており、全くの虚偽であれば容易に反証される性質の情報です。ロシア側の発表は被害を過小評価する傾向がありますが、攻撃の事実自体は否定していません。
ニューヨーク・タイムズやロイターといった第三者報道機関も複数の出所を検証して報じており、衛星画像という客観的データによる検証も行われています。「NATO特殊部隊が関与」といった陰謀論には現状証拠がありません。
結論として、「スパイダーズ・ウェブ作戦:Operation Spider’s Web」と称されるウクライナ軍によるロシア空軍基地への大規模ドローン攻撃は、その規模と範囲において前例のないものであり、複数の信頼できる情報源から裏付けられた事実と言えます。
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