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コロンビア、議会軽視の労働改革国民投票の大統領令(6月11日)

コロンビア、労働改革めぐり大統領令で国民投票へ―議会との対立激化、憲法上の論争も。議会・野党・司法・経済界が激しく反発。賛成派と反対派の大規模デモやストライキも発生。

2025年6月11日、コロンビアのペトロ大統領は、議会の承認を得ずに8月7日に労働改革に関する国民投票を実施するとする大統領令を発令しました。この改革案には、労働時間の短縮(日中8時間制の導入)、休日の割増賃金引き上げ、無期雇用の推進、ギグワーカーを含む非正規労働者への社会保障拡充などが盛り込まれています。

この大統領令に至った経緯は、ペトロ政権が2023年以降、労働法改正を目指して提出した法案が二度にわたり上院で否決されたことに端を発しています。特に2025年5月には、労働改革案を国民投票にかける許可を上院に求めましたが、僅差で否決されました。大統領はこの決定を不正だと非難し、「議会が実質的に沈黙した」として、自身に国民投票招集の権限があると主張しています。

しかし、多くの憲法学者や司法関係者は、この大統領令を「違憲」と判断しています。その主な理由は、コロンビア憲法が法律制定権を議会に委ねており、議会の承認を経ないまま国民投票を実施することは、権力分立の原則を侵害するためです。この件は既に憲法裁判所に提訴されており、司法判断が今後の焦点となっています。

政治的反応は大きく分かれています。労働組合や左派系の市民団体は大統領令を強く支持し、各地で支持デモを行っています。一方、野党各党や経済界からは「民主主義への脅威」「事実上のクーデター」との激しい非難が相次ぎ、議会や経済団体からも司法への訴訟が相次いでいます。また、SNS上でも激しい議論が展開され、「民主主義の危機」として反対する意見と、「議会が民意を反映しない以上、大統領の判断は正当」とする賛成意見が対立しています。

世論調査では労働改革そのものには一定の支持がありますが、大統領の強硬な手法には国民の間で懸念も見られます。憲法裁判所がこの大統領令を認めるか否かが今後の最大のポイントとなっており、その決定次第で、国民投票の実施可否はもちろん、政局の安定性やペトロ政権のレガシーにも大きな影響を与える見通しです。

発令に至る経緯:難航する労働改革と議会の抵抗

コロンビア初の左派政権を率いるペトロ大統領は、2022年8月の就任以来、労働者の権利を強化するための大幅な労働法改革を公約の柱に掲げてきました。しかし、この改革案は議会で厳しい抵抗に遭います。2023年6月に最初の法案が上院委員会で否決されると 1、その後も再提出が繰り返されました。2025年3月には、修正案が再び上院の委員会で否決され、労働改革は二度目の大きな挫折を喫しました。 2

こうした度重なる頓挫の背景には、労働コストの増大を懸念する産業界からの強い反対と、ペトロ政権の与党が議会で過半数を確保できていないという政治的な現実があります。 3

国民投票への道

議会での改革が行き詰まる中、ペトロ大統領は「議会が国民に背を向け、民意を組織的に封殺している」と立法府を激しく非難。 4 そして、国民に直接是非を問うため、国民投票(consulta popular)の実施へと舵を切りました。5月1日、大統領は労働改革の主要12項目を国民投票にかける許可を上院に公式に要請しました。しかし、上院は5月14日の本会議で、賛成47・反対49の僅差でこの要請を否決しました。 5

この結果に対し、ペトロ大統領は「採決に不正があった」と主張。「議会が適法に判断しなかった以上、私には次の措置をとる権限がある」として、今回の大統領令発令に踏み切ったのです。 6

大統領令の具体的内容と法的根拠

2025年6月11日に発令された大統領令は、2025年8月7日に国民投票を実施し、労働法制の変更に関する以下の12の設問について、有権者の直接投票を求めるものです。 7

国民投票で問われる12の改革案

労働時間と割増賃金
昼間労働時間帯の短縮(午後9時まで→午後6時まで)や、日曜・祝日労働の割増賃金率の引き上げ(75%→100%)など。 8
雇用の安定と公正
短期契約やアウトソーシング(外部委託)の濫用を抑制し、無期雇用を原則とすること。また、障害者の雇用枠(従業員100人につき2名以上)の義務化など。 9
インフォーマル労働者の保護
配達員などのギグワーカーや家事労働者に対し、正規労働者並みの社会保障(年金、医療保険など)を付与すること。 10
農業労働者の支援
農業労働者の権利を守るための労働監査機関の設置や、男女双方の農業労働者に年金を保証する特別基金の創設など。
中小企業への配慮
負担増に配慮し、中小企業や協同組合に対する低金利融資や補助金を提供すること。
労働者の健康権
病気休暇や女性の生理休暇の保障を法律に明記すること。

これらの項目が国民投票で承認されるには、全有権者の3分の1以上が投票し、かつ各設問で過半数の賛成票が必要です。これはペトロ大統領自身が2022年の大統領選挙で得た票数をも上回る高いハードルです。 11

大統領令の法的根拠は?

ペトロ政権は、この大統領令は2015年に制定された「参与民主制法」第33条に基づく正当な措置だと主張しています。この条文は、「大統領による国民投票の提案に対し、議会が期限内に有効な判断を下さなかった場合、大統領は自ら国民投票を招集できる」と定めています。ペトロ大統領は、5月の上院の採決は手続き上の問題で「無効」であり、議会は「沈黙」したと解釈。そのため、大統領令による招集権限があると主張しています。 12 しかし、この解釈の正当性については、法曹界から強い疑問が呈されています。

各方面の反応:深まる政治的対立

この異例の大統領令に対し、コロンビア国内の各方面から賛否両論が噴出しています。

議会・政党
野党を中心とする9つの政党は、「ポピュリズム的な権力乱用だ」として連名で非難声明を発表。 13 与野党の対立は先鋭化し、議会審議は空転しています。
司法・法律専門家
多くの憲法学者は「明白な違憲行為」との見解を示しています。権力分立の原則を破壊し、国の法治主義を脅かす危険な前例になると警鐘を鳴らしています。すでに、この大統領令の違憲性を問う訴訟が憲法裁判所に提起される構えです。
労働組合
政府系の主要な労働組合は、大統領令を支持するデモを各地で組織。「労働者の権利向上のための改革を国民の手で実現しよう」と訴えています。 14
経済界(経営者団体)
経営者団体は一様に強い危機感を示しています。全国実業家協会(ANDI)は「権力分立の原則を侵害するものだ」と非難。商工業者連合(Fenalco)の会長は、この大統領令を「クーデターだ」とまで表現し、独裁への道を懸念しています。 15

今後の展望と政治的帰結

今後の最大の焦点は、憲法裁判所の司法判断です。裁判所がこの大統領令を違憲と判断すれば、国民投票は中止され、ペトロ政権の労働改革は事実上頓挫します。逆に、合憲と判断されれば、8月7日に国民投票が実施されますが、その場合でも高い投票率と賛成票のハードルを越える必要があります。

今回の事態は、単なる労働法改正の問題を超え、コロンビアの民主主義と三権分立のあり方が問われる憲政上の大きな危機となっています。与党は「国民の意思を直接問う」と主張し、野党と経済界は「議会制民主主義の破壊だ」と反発。この深刻な対立の行方は、2026年に予定されている次期大統領選挙・議会選挙の前哨戦ともなっており、コロンビアの政治は重大な岐路に立たされています。

参考文献:引用文献

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